研究トピック1 時系列解析学

時系列データの異常検出、予測、秘密分散などについて研究しています。

時系列解析とは

時間の経過と共に値が変化するデータのことを、時系列データと言います。時系列データは、私たちの身の回りに溢れています。具体例を挙げると、気温、株価、地震波(地面の揺れ)、人口、感染症の感染者数、商品の日々の売上高など、無数にあります。こうした時系列データを確率論、統計学、解析学など、数学の諸分野の理論を用いて解析するのが時系列解析です。

地震波

定常性の解析・異常検出

時系列データの解析においては、「定常性」という概念が重要な役割を果たします。大雑把に説明すると、時系列データの背後にある数学的構造が、時間が推移しても一定に保たれているとき、定常性があると言います。逆に言えば、定常性が保たれているかをモニタリングし、崩れたことを検知することで、異常の検出に繋げることができます。

異常検出

ダイナミクスの推定・予測

時系列データが定常性を持つとき、背後にある数学的構造を具体的に推定し、数式で表現するのが、ダイナミクスの推定です。得られた数式を用いることで、解析対象としているデータの値が、今後、どのように推移するか予測することができます。ただし、あくまで今後も、これまでと同様な構造が保たれることが予測の大前提です。構造が変化すれば、予測は外れます。また、もともとランダムな現象は、予測できません。

地震波のダイナミクス

時系列データの分解・秘密分散

時系列データは、複数の要因が重ね合わさっていることが多くあります。例えば、気温は、季節による変動、寒波・熱波による変動、昼夜による変動などが重なり合っています。時系列データをこうした要因に分解することで、値の移り変わりのメカニズムが理解しやすくなります。逆に、時系列データを、意味が分かりにくくなるように分解することも可能です。例えば、機密データを2つのデータに分解し、片方のデータだけからは、元のデータの情報が得られないようにすることで、秘密が守られます。

分解

研究トピック2 北欧デザインの数理

スーパー楕円(ラメ曲線)や、その一般化であるギーリス曲線などについて、数理的に解析しています。
スーパー楕円は、スウェーデンの首都ストックホルムの広場など、様々なデザインに活用されています。

セルゲル広場とスーパー楕円

スウェーデンの首都ストックホルムでは、1900年代前半から中盤にかけて再開発が行われました。 その際、再開発の責任者から相談を受けたデンマーク人デザイナーのピート・ハイン(Piet Hein; 1905-1996)は、 ストックホルムの中心部に位置するセルゲル広場(Sergels Torg)の形を、スーパー楕円形にするよう提案しました。 スーパー楕円は、楕円と長方形の中間的な形をしています。 セルゲル広場への活用をきっけに、スーパー楕円は北欧をはじめ、世界各国で 建築物やインテリアなど、様々なデザインに用いられるようになりました。日本でも、東京ドームの屋根の形 (スーパーサークル形)などに採用されています。

スーパー楕円

ラメ曲線の数理解析

セルゲル広場にスーパー楕円が用いられた理由は、広場の 地上部がラウンドアバウト(環状交差点)、地下がショッピング街になっていることと関係します。 ラウンドアバウトでのスムーズな交通と、ショッピング街の広い空間を同時に実現し、しかもシンプルな数式で表現可能な形として、 スーパー楕円が提案されました。 スーパー楕円は、歴史的にはフランスの数学者ガブリエル・ラメ(Gabriel Lamé; 1795-1870)が 最初に解析したため、数学の世界ではラメ曲線と呼ばれています 。ラメ曲線の曲率(カーブのきつさ)をはじめ、 幾何学的な特性量を数理的に解析することで、デザイン性と機能性の両立が可能となります。

ラメ曲線の解析

ギーリス曲線

スーパー楕円(ラメ曲線)はこれまで、様々なもののデザインに活用されてきました。 しかし、基本的には楕円と長方形の中間的な形しか表現できないため、限界もあります。 そこで、ベルギーの植物学者ヨハン・ギーリス(Johan Gielis; 1962-)は、 もっと自由にいろいろな形を表現できるようにと、ラメ曲線を数学的に拡張したギーリス曲線を考案しました。 ギーリス曲線は6つのパラメータを持ち、その値を変えることで、丸みを帯びた星形や多角形、それに花柄、勾玉形など、 実に多種多様な形を1つの方程式で統一的に表現することが可能です。このため、パラメータをうまく調整して、 自分好みの形を生み出すことができます。

ギーリス曲線

プロダクトデザイン

今、世の中では、IoTやAIにより新しい価値やサービスが創出されるなど、 産業構造の変革が起きています。モノづくりの仕方も、3Dプリンタ、レーザ加工機、デジタル染色機、 デジタル織機などの性能向上・普及とも相まって、大きく変わると予想されます。 具体的には、大規模な工場で、同一モデルの既製品を大量生産する方式(少品種多量生産)から、 コンピュータに接続されたデジタル加工機械により、オーダーメイドで製品の加工を 行う多品種少量生産(デジタルファブリケーション)へとシフトします。この流れの中で、数理曲線を用いた デザイン生成は、今後ますます活用の場が広がると考えられます。

プロダクトデザイン

研究トピック3 行列理論

統計、数理最適化、数値解析等に関連した行列理論や行列計算アルゴリズムについて研究しています。
行列とは数を縦横に並べたもので、数学の基本的な概念の1つであり、 数学の理論・応用両面で本質的な役割を果たします。
(人気店の前に人が並んでできる行列のことではあません。)

一般逆行列

行列が役立つ最も基本的な例が、連立一次方程式です。連立一次方程式において、解がただ1つ存在するような 理想的な場合は、その解は「逆行列」(数における「逆数」に相当)を用いて表現できます。 しかし、世の中の諸問題に数学を応用しようとすると、現実には、解が存在しなかったり、 複数の解が存在したりします。そのような場合に役立つのが、逆行列を一般化した「一般逆行列」です。 私は一般逆行列の理論や計算アルゴリズムについて研究しています。

数値解析・時系列解析アルゴリズム

行列の数値計算に用いられるCG法(共役勾配法)と、時系列データの係数推定に用いられる バーグ法の関係性を明らかにしました。CG法は数値解析の分野で良く知られた基本的なアルゴリズムであり、 バーグ法も時系列解析の分野で有名かつ重要なアルゴリズムです。 これらのアルゴリズムの間の関係性は、これまで留意されてきませんでしたが、両者の間の関係を明確にしました。 今後、同様の考察により、CG法に限らず広範な数値計算アルゴリズムについて、時系列解析への応用が期待されます。

Craig-Sakamotoの定理

統計学の分野で有名な定理に「Craig-Sakamotoの定理」というものがあります。 この定理の核心部分は、行列に関する簡素な定理に帰着されます。 しかし、定理の簡素さとは逆に、その証明については、歴史的に複雑な経過をたどりました。 最初に発表された証明には、根本的な部分で、誤りがありました。 その後、正しい証明が発表されましたが、非常に長いものでした。 以後、多数の研究者が、証明の簡略化を目指し、様々な別証明を披露しています。 私自身も、現在知られている中で、最も簡潔な証明法の1つを考案し、発表しました。

整数行列の行列式

行列の中でも特に、整数行列と呼ばれるものについて、その特性量である行列式の観点から、計算機実験も 交えて解析しています。一般に、行列は数が縦横に並んだもですが、特に整数が並んだものが整数行列です。 整数行列の中でも、特定の2つの整数(例えば、1と-1など)が並んだ行列は、 特殊な性質を持っており、重要な未解決問題も存在するなど謎が多く、理論的にも興味深い解析対象です。 それと同時に、統計的な推測やデジタル技術など、世の中の諸問題とも関係しており、実用的な応用例も数多く存在します。